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東京地方裁判所 平成元年(ワ)1062号 判決

④ 事 件

原告

清 水 寿恵子

右訴訟代理人弁護士

服 部 正 敬

被告

岩 永   博

右訴訟代理人弁護士

松 澤   市

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)(二)(三)記載の建物部分を明渡し、かつ、昭和六三年一0月一日から右明渡済みに至るまで一か月金七万円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  原告は、被告に対し、別紙物件目録記載の各建物部分を次のとおり賃貸した。

(1) 昭和四三年六月契約、別紙物件目録(一)記載の建物部分、用途店舗、期間三年、賃料月額一万八000円

(2) 昭和五一年六月契約、別紙物件目録(二)記載の建物部分、用途店舗、期間二年、賃料月額一万二000円

(3) 昭和五九年四月契約、別紙物件目録(三)記載の建物部分、用途事務所、期間二年、賃料月額二万二000円

2  右賃貸借契約は、次の時点より期限の定めのないものとなり、その各賃料月額はその後の改定により現在次のとおりとなっている。

(1)の契約は、昭和六0年一0月一日、現在の賃料金三万円

(2)の契約は、昭和六一年六月一日、現在の賃料金一万八000円

(3)の契約は、昭和六三年四月一日、現在の賃料金二万二000円

3  原告は、本件建物の老朽化が目立つようになったため建て替えることを計画し、昭和六三年一月一九日、被告に対し、本件各賃貸借契約の解約の意思表示をし、本訴訟で、本件建物部分の明け渡しと昭和六三年一0月以降の賃料相当損害金を請求した。

二争点

本件各賃貸借契約の解約について正当事由があるか否か。

第三争点についての判断

一〈証拠〉によると、別紙物件目録(三)記載の建物(第一弁天荘)は昭和三六年一二月に、同(一)の建物(第二弁天荘)は昭和三九年一月に、それぞれ建築されたアパートであり、長年の使用によりその中側は相当損傷しており、屋根も修理を要する状態で老朽化が見られること、右アパートの貸室は、コンクリート製の流し台と一口のガスコンロのある半間四方の流し場付きの一間(三畳間、四畳半間、六畳間の三種類)で、便所及び洗面所を共用し、浴室もないものであり、設備面でも時代遅れのものとなって、近時入居希望者も少ない状況であることが認められる。

原告が消防署より本件建物について建て替えが望ましいという注意を受けている事実については、これを認めるに足る証拠はない。

二〈証拠〉によると、本件各建物は、古くて汚いため、一室当たり金一万から二万円の賃料収入しか望めないので、原告は、これを改築し収益性の高い建物にする計画を立てていること、別紙物件目録(三)記載の建物は、二階の貸室五室を既に明け渡してもらっており、その一階の一室を被告が使用し、その余の二室に原告の娘家族が居住しているだけであること、別紙物件目録(一)記載の建物は、その一階の貸店舗三室を被告が使用し、その余の二室に原告家族が居住し、二階の貸室六室を既に明け渡してもらっていること、明け渡しをした各賃借人に対しては一年分の賃料免除をした外は立退料等を支払っていないことが認められる。

三原告本人尋問の結果によると、原告は、病人や老人の介護員を勤めて月額金八万円位の収入を得ながら浪人中の長男と暮らしていること、原告の娘は、デパートの準社員として勤め月額金一六万円位の収入を得ながら子供二人と暮らしていることが認められる。

四〈証拠〉によると、被告は、本件賃借建物部分において岩永工芸という商号でプラスチック看板及びディスプレイ用プラスチックケースの製造業を営んでおり、通勤の四人の従業員を抱え、都心部からの顧客を多く持っていること、被告は、別紙物件目録(一)の建物部分を作業場、同(三)の建物部分を事務所として使用していること、作業上プラスチック板を切断するとき昇降盤ののこ切り音が出るが、その騒音は著しく大きいものとまで言えず、その作業も午後六時までにしていること、右切断のときプラスチックの発熱による臭いが多少発生するが、その他の悪臭を発生させるような作業はなされていないこと、本件訴訟に至るまで原告や近隣の人達から右騒音や臭いのことで苦情が出されたことはないことが認められる。

原告は、被告の営業が街中で営むに不適当なものであると主張するが、そうまで断定しうるだけの事情は認められない。

五〈証拠〉によると、被告が本件建物部分を明け渡すには、機械類の移転等のために金四二0万円位の費用がかかることが見込まれ、移転作業に伴う休業損、新規の工場及び事務所の賃借に伴う諸費用、賃料差額損も相当多額になることが見込まれること、そのため、被告は、原告に対し、立退料として金一五五0万円を提案し、その後譲歩して金八八六万円を要求したが、原告より拒絶されたことが認められる。

六以上の認定事実によると、原告が本件建物を改築するために被告の賃借部分の明け渡しを求めることには、経済的に合理性があり、原告の生計状態の改善のためある程度必要であることは認められるが、被告が本件建物部分を営業上必要としていること並びに明け渡しによる被告経済的損失もかなり大きいことも認められる。原告側の事由は、自己使用の必要性としては、間接的なものであり、相当な立退料の提供による補強もない情況では、本件賃貸借契約の解約には正当理由があるとは到底いえない。

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官鬼頭季郎)

別紙物件目録<省略>

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